今日夫がコーネルに合格した。3月5日に補欠になった後、追加のエッセイを書き推薦状を会社の上司にお願いし、昨日発送して今日の3時に届いたとことをFedExのホームページで確認した矢先に帰宅しメールをチェックしたら合格の通知が来ていた。現在の状況は下記のとおり。
私 | 合否 | 夫 | 合否 | 住む場所 |
CIPA(Cornell) | ◎ | Johnson(Cornell) | ◎ | Ithaca |
SIPA(Columbia) | ◎ | Wharton(Penn) | ?
| NJ |
SIPA(Columbia) | ◎ | SOM(Yale) | ? | NYC |
Fletcher(Tufts) | ◎ | Sloan(MIT) | ? | Boston |
Brown (Washington) | ◎ | Olin(Washington) | ◎ | St. Louis |
| | Kelly(Indiana) | ◎ | 別居 |
◎:合格 ?:結果待ち
合格するのは嬉しいことだが、夫婦二人で受験していると1つ合格するたびに想定していたシナリオが変り、大変なことになる。夕食の後二人で話をしていても、夫はアドミッションから11月のラウンドまでで日本人の枠がいっぱいになっていると言われて、補欠から合格になるのは難しいと感じながら、気合を入れてエッセイを書き合格したわけでそのエッセイで日本人枠を増やしても取りたいとコーネルに思わせたことは感慨深いようだ。そんなことで今日の時点では夫はオーリンよりもコーネルに行きたいと言い出した。私の中では最近フレッチャーか、ブラウンとオーリンのDual Degreeかと思い始めていたから、そんなこと急に言われてもと思ったり・・・とは言ってももちろんコーネルは行きたいと思って受験したので、夫と一緒にコーネルで2年間過ごせるのは最高だろうと思っている。
ひとつ学校を選ぶのを難しくしているのは、夫が極端に寂しがりやという点である。そのため、夫の学校選択は大きく私と一緒にいられるかどうかに左右される。コーネルが受かる前までは、一緒に住めるのはオーリンだけだった。私がブラウンでソーシャルワークを勉強するよりもフレッチャーやSIPAに行きたいと言い出し、2年間別居にもなり兼ねなかった。そのため私にDual Degree を3年間でやらせ最後の1年だけ別々に住むことを考えていたようだ。ところが、今回コーネルに受かって、二人で2年間一緒に住めることもあって、オーリンよりもコーネルに行きたいと言い出しているようである。夫の会社の上司や同僚、友人は知らないと思うが、夫の寂しがりやは結構大変で、NYCに赴任してから1ヶ月後に私だけが妹の結婚式のため日本に10日間ほど帰国したが、その間に夫は帯状疱疹になってしまった。そんなことでよく母からたまには日本に帰ってきたと言われても、なかなか帰れない。2005年の6月にNYCに来てから日本に一時帰国したのは、2007年6月にTOEFL PBTを受けに行ったときのみでこの時は夫も一緒に日本に行った。冗談ではなく本気で、私は家を空けられないのだ。よく考えてみると、夫を残して泊りがけで出かけたのは12月にフレッチャーを訪問したときが最長だった。確か木曜の朝出発し、月曜の夜に帰宅した5日間だった
もちろん夫婦が一緒に住むのはごく自然で、何もわざわざ離れて住む必要はない。とは言っても、選択肢が増えるとお互いに一緒に住める学校のプログラムが自分が一番やりたいプログラムではないことも出てきて、話が複雑になってくる。最近では、選択肢がなくてひとつしか受からなかったら簡単なのになんて思うこともある。夫の結果が全て出るまでは結論が出そうにもない。
- 2008/03/20(木) 23:03:10|
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3月16日17日で初めてワシントン大学を訪問した。ワシントン大学きくと、ワシントン州にある大学だと思ってしまうが、Washington University in St. Louisという名前の通り、ミズリー州のセントルイスにあり、ワシントンと言う人がつくったからワシントン大学という。
私はこの学校をはじめて訪問したが、夫はこれで3回目になる。Olin Business Schoolは夫の第一志望の学校でこれまでに何度もどんなにキャンパスが美しいか、人が温かいかを聞かされていた。実際に行ってみて、夫が言っていたことは本当だと判明した。(下記の写真)
セントルイスと聞くと治安はどうなのかと気になる日本人が多いと思うが、実際に行ってみて治安のいい地区と悪い地区がはっきりと分かれていて危ない地区に行かない限りは安全だと感じた。基本的に大学の周辺は安全のようだ。それでも住む場合は、通学や買い物等外出はほとんど車ということで車は必需品のようだ。
16日(日)は午前中セントルイスに着き、地下鉄でキャンパス内のホテルまで移動。空港から大学までの地下鉄は治安のあまり良くない地区を通っているが、地下鉄に乗って通りすぎる分には特に危険とは感じなかった。ただし、柄の悪そうな人が乗ってくることはあるので、常に自分の周囲で様子のおかしい人がいないか注意しておく必要がある。空港から乗り、Skinnerという駅で降りる。ホテルには次のUniversity City-Big Bendという駅のほうが近かったが、夫が私に大学の正面を見せたかったらしくひとつ手前の駅で降り、キャンパス内を歩いてホテルに向かった。
ワシントン大学内にあるKnight Center というビジネススクールが経営しているホテルに泊まった。設備は素晴らしく大変快適に過ごすことができた。場所もキャンパス内のビジネススクールの建物と庭を挟んで向かいにあり便利だった。地下鉄のUniversity City-Big Bendからも近い。
その日は、荷物をホテルに荷物を置いた後、セントルイスのダウタウンに地下鉄で行った。町はひっそりとしていて、人がほとんどいなかった。飲食店もほとんど閉まっていた。Macy’sがあったので入って、近くに食事できるところがあるか聞いて何とか見つけることが出来たが、二人だけで捜していたら見つかったかどうかは不明。ダウンタウンの治安は全く問題がなかった。
食事の後は、観光名所であるGate Way Arch へ上った。セントルイスの全域を見渡すことが出来る。ミシシッピ川をはさんで東側の地区(イーストセントスイス)は非常に危険で絶対に行かないほうがいいと言われているが、上から見ても殺風景だった。
その後ホテルに戻りビジネススクールの日本人の1年生が迎えに来てくれて、大学周辺の生活環境を見るために車でショッピングセンターや日本人が住んでいる住宅周辺を回ってくれた。最後には家にお邪魔して、学校やセントルイスの生活に関していろいろと話を聞いた。日本人のコミュニティーもあり、奥さんが料理や英語を習ったりすることも出来るようだ。日本食もお米をはじめ、納豆等買えるお店があるとのことだった。
その後Claytonという地区まで車で送ってもらい、夫と夕食を食べた。紹介してもらったピザのお店に行ったが、ピザは安くてとてもおいしかった。NYCで同じものを食べようとしたらたぶん倍の値段になってしまうだろう。夕食後タクシーで帰ろうとしてレストランの人にお願いしたが5分以上つかまらず、地下鉄でホテルに帰ることにした。Claytonの通りは人がほとんどいなかった。Clayton の駅に着き地下鉄で二駅乗り、ホテルに戻った。地下鉄内や通りは危険とは思わなかったが、人がほとんどいないので、二人で歩くのはいいが一人では歩かないほうがいいだろう。
17日(月)は今回の一番の目的である学校訪問。朝9時に始まる、Social Welfare Policies &Services という授業を聴講する。学生約30人中3人を除いてすべて女性。ちなみに教授も女性。ソーシャルワークはやっぱり女性向けの学問なのかと改めて思った。授業は和やかなムードで進められた。講義形式で、基本的には教授が説明し学生が質問したり意見を述べたりする。日本人の学生はこのクラスにはいなかった。内容はアメリカの公共サービスを社会政策を通してみていく。なかなか興味深い授業だった。
その後、アドミッションのリクルートスタッフと1対1で話をすることが出来た。卒業生の就職先(なぜかソーシャルワークの学校は就職先をホームページに書いてない)やMBAとのDual Degreeについて質問をした。やはりDual Degreeのほうが一般の受験生よりは多少有利になるらしいが、願書は通常通り提出する必要があり、GMATを受けるように言われた。
ランチはSocial and Economic Development専攻の学生と学食にて。インターンやプログラムについての意見を聞いた。インターン先としてはセントルイスのNGO等には強いが、海外の機関とのネットワークはそれほど強くないように思えるとの話だった。ただし全くチャンスがないわけでもないので、自分でいつも準備しておけば途上国でインターンをすることもできるのではないかということだった。またプログラムのほうは、話をした学生が1月から入学してまだ必修の授業しか受けてないからかもしれないが、どちらかと言うと、社会政策等の授業はアメリカの制度が中心であまり国際的なトピックは扱われないということだった。ただし今後、選択科目を取ることで変ってくるだろうと言っていた。
ランチ終了後、ブラウンスクールの建物を案内してもらった。図書館がとてもかわいくて、あの図書館なら勉強する気が出ると思った。
2時半に夫がビジネススクールの学長と会う約束をしおり、私も一緒にとのことだったのでブラウンスクールからビジネススクールに向かった。2時頃にビジネススクールのラウンジに着き、日本人の学生と話をした。皆さん、とても感じのいい方ばかりで本当に忙しい中わざわざ時間をとって頂き貴重な学生生活のお話を伺うことが出来た。普通は忙しくてキャンパスビジットをした時に時間をつくってくれる方がいないことが多いのだが、オーリンは本当に日本人の方がたくさん集まってくださり、小さい学校ならではの暖かさを感じた。
夫と共に緊張しながら、学長の部屋を訪ね30分ほど話をすることが出来た。とは言っても私は主にきいているだけ。こちらからDual Degreeの話は全く出していないのに、私にソーシャルワークとMBAのプログラムを勧めてきた時には驚いた。ブラウンスクールで数時間前に質問したことがもうビジネススクールに伝わっていたのだろうか。とにかく、ビジネススクールの学長はDual Degreeを推進していることは私にとってプラスになるので良かった。
これで今回のキャンパスビジットの目的はすべて終わった。初めてのセントルイス、ワシントン大学訪問だったが、かなり本気で行きたいと思うようになった。
最後に帰りの飛行機が大幅に遅れ、出発が午後6時55分だったところ、出たのは9時半でニューヨークに着いたのは12時半だった。最初に飛行機の技術的なトラブルが発生したといい、他の飛行機を探すまで待ってくれと言われた。他の飛行機が見つかって、乗客が全員乗って中で出発を待っていたら今度はその飛行機もトラブルがあり飛べないといいだして、飛行機から下ろされた。3度目に何とか無事セントルイスを出発することが出来た。夫はもう1日会社を休めないし、さらに運が悪いことにまさに休んだ日にベアースターンズがJPMorganに買収されたため、銀行で不良債権担当としては何としても明日行かないといけないと究極に焦っていた。その場で次の日に会社の時は絶対午前中の飛行機にしか乗らないと誓っていた。アメリカの国内線は遅れるのが日常化しており、今まで乗っていても必ず行きか帰りが遅れるので(2時間とか3時間)飛行機に乗るときはかなり時間に余裕を持って予定を組むべきだと思った。
- 2008/03/18(火) 17:02:04|
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とうとうフレッチャーから通知を受けた。何とか合格することが出来た。第一志望だったので、合格したのは本当に嬉しい。
同時にFinancial aidなしということで、やっぱりトップの学校は厳しいと改めて実感。NYCで合格者対象のレセプションが3月27日、キャンパスでのオープンハウスが4月13日14日に行われる。行くか行かないかの回答期限は5月1日。この日程を見て分かるとおり、合格者がゆっくりと迷っている暇はない。
私は夫と一緒に住めるかどうかも考えているのでどこに行こうか迷っているが、普通の合格者は迷わないのかもしれない。受験している最中はとにかくどこか一つでも合格をもらえればいいと思っていたが、4校から合格をもらった今、どうすべきか真剣に考えている。夫は、フレッチャーの合格を喜んでくれたものの、悩みの種が一つ増えてしまったようにも見えた。ここまで出来たのは、推薦者や周りで相談にのってくれた方々また何よりも夫のサポートが大きかったと思うと、複雑な心境でもある。夫の学校の回答期限も考えると、これから1,2週間でどこに行くのか決めなければならない。
- 2008/03/15(土) 00:00:47|
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受験した4校のうちまだ結果が出ていないのはフレッチャーだけとなったが、(Admissions Blogによるともう結果を発送する準備をしているということなので来週には結果が出そう)ここで私の学校研究を振り返ってみようと思う。
恥ずかしながらこの受験で国際関係や公共政策の学校を探す前は、タフツ大学もフレッチャースクールも知らなかった。JPOとして国連で働いている人の記事を読んでいて、フレッチャーを卒業という人が多いことに気がつき、どういう学校なのか調べてみて初めて興味を持った。
6月頃にホームページから資料請求をしてパンフレットが送られてきたので、そのパンフレットとホームページを中心にどんなプログラムなのかを調べた。8月半ばに、アドミッションから9月にNYCで面接を実施するのとのメールがきたが、準備が間に合いそうにもないのでこれは丁寧に断り、9月末にNYCで行われる大学院のフェアには参加する旨を返信した。
大学院フェアまでに、パンフレットを見て自分が専攻したい分野等を絞りフェアに行ってある程度自分の興味を話し、プログラムや受験プロセスに関する質問をできるようにした。フェアに行ったら、他の学校はパンフレットを山積みにしているのに、フレッチャーは配布するパンフレットを用意してなかった。私の前に並んでいた人がパンフレットをくれるように頼んでいたが、サンプル用しかないけどあなたは待ち時間が長かったから特別にサンプル用をあげると言われていた。フェアに来るまでにある程度学校研究をしていることが前提のような雰囲気だった。いくつか質問をし、そのスタッフの名刺をもらったので帰ってすぐにお礼のメールを送った。
10月末までGREの受験をしたので、本格的に学校研究をし始めたのは11月だったが、成績証明書の準備等で9月、10月中にアドミッションに何度か電話をしたり、メールをしたりとやり取りをした。ちなみにフレッチャーはとても迅速に丁寧にこちらの質問に答えてくれて大変感じがよかった。昼間にメールで質問をすると必ず1時間以内で返信が返ってくるし、学校がやっている時間内はいつも留守電ではなくスタッフが出てきた。大学時代にフランスへ交換留学した時の成績証明書をフランスの学校が英語では出せないと言ってきたときにも、わざわざフランスの学校にアドミッションのスタッフがメールで英語の成績証明書を出してくれるように頼んでくれた。質問をすることでアドミッションのスタッフが名前を覚えてくれるので、パンフレットやホームページを読んでも分からないことが出てくればどんどん質問したほうがいいと感じた。
11月に入ってから、面接に向けて本格的に学校研究を始めた。キャンパスビジットを12月に設定しそれに向けて、エッセイをもとに面接の準備をしながらキャンパスビジットの時に在校生から話を聞けるように在校生と連絡を取り始めた。とは言ってもフレッチャーの学生で知っている人がいたわけでもなく、最初はホームページの学生活動に載っているアジアクラブの学生にメールで、できれば日本人の在校生を紹介してくれるように頼んだ。そのアジアクラブの学生はメキシコ人で彼女が、私のメールを日本人のメーリングリストに転送してくれて日本人の在校生と連絡を取るようになった。キャンパスビジットをする前に何度かメールでプログラムに関する質問をした。
12月7日(金)と12月10日(月)の2日間でキャンパスビジットを行った。12月7日午前にマイクロファンナンスの授業を聴講後、説明会に参加した。学生がマイクロファインスを伴ったビジネスをプレゼンで紹介した。授業のレベルは高いが、教授、学生はフレンドリーで和やかな雰囲気だった。説明会に参加するため、授業を最後まで聴講することはできなかったのは残念だった。
説明会はこぢんまりとしていて、参加していた受験生は6人で在校生が説明をした。大まかな説明をしてもらい、都度受験生が質問をする形式。説明会の後は校舎を簡単に案内されて終了。
12月8日9日の2日間は一人でボストンの町を満喫しながら、10日の面接に備えて事前にアドミッションから通知されていた質問を中心に一人でホテルの部屋で質疑応答の練習をした。
12月10日の10時から面接に向けて、ボストンのバックベイのホテルを出る。フレッチャーは丘の上にあるがその日は地面が凍っていて学校にたどり着くまで大変だった。ハイヒールを履き4日分の荷物を持って学校に向かったため、滑って転んだりしないようにアドミッションの事務所に着くのに必死で着いたときにはせっかく整えた髪も無残に振り乱れていた。運よく面接が始まるのが遅れ、ゆっくりと身支度を整える余裕があった。待っている間に日本人の在校生が偶然事務所に来ていて、短い間だったが話をすることができた。
ホームページでは面接は学生が行うと書いてあるが、私の時はアドミッションのスタッフだった。ちょうど試験期間前だからと言っていたが、後から話を聞いたら試験前だからすべての面接をアドミッションのスタッフがやっていたわけでもなさそうなので、どうしてなのかはよく分からない。願書提出前だったので、履歴書を見ながら面接が行われた。基本的に聞かれたことは、事前にメールで通知されていたことのみだった。ただ、英語に関しては結構詳しく聞かれた。私は、大学を日本で卒業しているが、ニューヨークでいくつか授業を取っていたのでアメリカの授業の進め方には慣れてきたということを伝えた。ただだからと言って、英語に全く問題がないわけではなく不安はあると言った。この時にTOEFLのスコアを聞かれて、PBTで600、iBTで100を最低点としているからどちらかでそれ以上を取っていれば足切りにはならないと言われた。ただ、不安があるならば春からESLをとって勉強してくるように言われた。
面接が終わった後、日本人の在校生と話をすることができた。フレッチャーの日本人の学生(約20人と聞いた)の9割は政府からの派遣らしいが、私費も派遣でも関係なく日本人同士での交流はあるようだ。プログラムは柔軟でかなり自由に色々な授業が取れるようだ。MITとハーバードのビジネススクールで授業を取っている学生も多いようだ。全体的に学生は話していてスマートでフレンドリーな印象を持った。学校生活や授業、インターンや就職のことを聞くことができた。
この後、Micro Development Economicsという授業を聴講し、この日の予定を終了。試験前の最後の授業だったこともあり、学期の総まとめのような感じで教授が一通り説明する形式だった。
最後にアドミッションの事務所に置いておいた荷物を取りに行き、面接をしてくれたスタッフに挨拶をしてフレッチャーの訪問は終わった。
キャンパスビジットをして約1週間後になって、自宅に日本人のフレッチャーの卒業生から電話がかかってきた。2007年に卒業し今はDCの世銀で働いている方で、11月に在校生と連絡を取り出し時に、1度だけメールをもらっていて返信をしていた。その後連絡が途絶えていてこちらから何回もメールを出すのは迷惑かと思いそれ以来連絡しないでいた。突然の電話だったことと、かなり細かいこと(将来のキャリアゴールや就職先等)まで聞かれたので焦ったが、色々とフレッチャーの強いところと弱いところを聞くことができて、思いがけず卒業生から話を聞ける機会となったのでラッキーだった。とは言っても、この電話での話がアドミッションに報告されていたら、とかもしそうだとしたらプラスになるかマイナスになるかとか考えだしたら不安になった。今でもこれがアドミッションと関係があるのか、好意で連絡をくれたのかは分からない。
- 2008/03/12(水) 17:00:36|
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CIPAのオープンハウスが3月6日7日で行われ、11月のキャンパスビジットの続き、2度目の訪問となった。
今回はNYCのPort Authority からバスでイサカへ向かう。3月6日の朝8時半にバスに乗り、1時50分に無事イサカへ到着。町のはずれにあるバスターミナルで降ろされた後、イサカコモンズ(イサカの繁華街)へ。スターバックスで一休みし、路線バスに乗って大学へ向かった。バスに乗ると、2月にNYCで行われたCIPAのレセプションで話をした学生と会い、彼女に図書館やコーネルストアを案内してもらった。
この日のイベントはColloquiumというもので、毎週木曜日に4時半から公共政策に従事している専門家を招き講演を聴くといもので、CIPAのプログラムで必修となっており、毎週出席する必要がある。今回のスピーカーはJoseph WesthalというNew School の教授でタイトルはSetting Policy Priority for National Infrastructure : Organization and Politics。限られた予算の中でどのように環境問題への予算を配分していくのかというような内容だった。私にはなじみのない分野ではあったが、だからこそ新しいことに目を向け視野が広がるきっかけになると感じた。
Colloquium の後はCornell Public Affairs Society 主催の夕食に参加した。カレッジタウンにあるAladdinと言う自然食品のレストランにて。ここでは合格した学生は私を含めて4人だけで在校生がほとんどだったが、在校生から話を聞ける貴重な機会となった。
宿泊はTelluride House というキャンパス内の寮でCIPAの学生が住んでおり、彼女の隣の部屋に泊めてもらった。ビジネススクールやCIPAの事務所まで歩いて10分で行ける便利な場所に位置している。部屋は思ったよりも広かったが、作りは古く夜遅くまで他の学生が起きているため、落ち着いた時間が必要という人には向いていないと感じた。
3月7日は朝9時からCIPAのプログラムの説明会が行われた。Foundation Coursesとよばれる基礎科目から始まり、選択科目、卒論、海外(ローマ、ネパール)、ワシントンDCでの研修(一学期間)等の説明があった。CIPAの強みはプログラムが柔軟で興味に応じて他のスクールや学部の授業が取れること。一方でCIPAだけの授業は一つもなくFoundation Courses を含めてもすべて他のスクールや学部の授業を取ることになるので、自分の専門性を考慮した取り方をしないと2年間終わった後に専門性がなくなってしまう可能性がある。基礎科目は政策系の授業、経済、定量的な分析の授業、それぞれ3科目で数量的な分析能力はつくようになっている。
続いてCIPAの学生により、地域のNGOや公共機関のコンサルティングの授業のプレゼンテーションが行われた。ほとんどが、イサカの地元のNGOに対するコンサルティングだったがなかなか興味深い内容だった。
その後、CIPAの事務所があるCaldwell Hall に移動し昼食となった。教授や今回受かった学生と歓談。教授、スタッフ、在校生は話しやすく、和やかな雰囲気だった。
昼食後はキャンパス内を一通り案内される。CIPA専用の図書館や教室はないが、どこの図書館を使ってもいいことになっている。何度行ってもキャンパスは美しい。カメラを持っていなかったのは残念だった。
キャンパスツアーの後、前日のColloquiumで会った日本人の在校生と連絡を取り話をしてもらえることになった。CIPAのプログラムはPublic AdministrationやPublic Policy Analysisといった政策系の授業はしっかりしていないという欠点がある反面、他のスクールや学部の授業をかなり自由に取れる柔軟なところが強みと言うことだった。私の場合は開発でも特にマイクロファイナンスに絞っており、やりたいことがある程度決まっているのでいいのではないかということだった。ビジネススクールにはStuart Hartといったビジネスを通じた経済開発を提唱している教授がいて、CIPAに行くことになれば是非この教授の授業を取りたいと思っている。日本人同士のネットワークという点ではCIPAには日本人が少ないが、他の学部やスクールの日本人と交流する場はあるとのことだった。
夕方はCIPAの主催する夕食に参加するつもりでいたが、集合時間に5分ほど遅れたところ置いていかれてしまい、加えて雪がひどくなってきたので、一旦寮に戻ってスーツとハイヒールをジーンズとスニーカーに替えることにした。帰ってから、今回寮の部屋をアレンジしてくれたHuongとゆっくり話す時間を取りたいと思い、CIPAの夕食への参加をやめ彼女と寮の食堂で夕食をすることにした。Huongの専攻はファイナンスで経済学部やビジネススクールの授業を中心に取っているようだった。今は卒論の時期で毎日忙しいようだ。
2日間コーネルを満喫することができて、今回のオープンハウスは本当に充実したものになった。学校を決める時に、キャンパスを訪問し実際に学校を見て教授や学生から話を聞くのはパンフレットやホームページでは分からないその学校を見ることができるので、時間が許す限りこのようなオープンハウスに参加したほうがいいと感じた。
- 2008/03/08(土) 22:50:21|
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