アメリカ大学院受験〜専業主婦から大学院生へ 

ニューヨーク在住の主婦がアメリカの大学院受験の経験を綴ります

予防接種

1週間位前に大学から予防接種の証明を6月の半ばまでに提出するようにとのメールが来た。夫に聞いたらまだ何もジョンソンスクールからは予防接種についての通知が来てないということで、すぐに受けて終わるだろうとのんびりしていた。ただ何となく、どの時期に何をすればいいのか把握しておこうと、大学のホームページから提出フォームを確認したところ、受けるべき予防接種は2種類MMR(Measles麻疹、Mumpsおたふく、Rubella風疹)とTetanus(破傷風)でMMRは1回目と2回目の間を28日間空けるようにという指示があることに気がついた。もし2回受けるのなら今すぐに1回目を受けておいたほうがいいと思い、先週の金曜に慌てて病院に予約を取り昨日(4月21日(月))MMRと破傷風(Tetanus)の予防接種を受けてきた。

病院に行って確認したところ、去年日本にTOEFL PBTを受けに行ったのがちょうど日本で麻疹が流行して学校が休校になっていた時期で、日本に行く前に受けていた予防接種がMMRであることが分かった。結果的には今回がMMRに2回目ということなり今回で予防接種は終わった。

無事に学校指定(NY州指定らしい)の予防接種を受けることが出来たのは良かったが、家に帰ってきてから急激に体がだるくなり、腕が重く、また耐えられないほど眠くなり、夕方2時間ほど寝てしまった。夫に聞いたら全く同じ症状らしかったが、仕事中昼寝する時間をとれるわけもなく、夜10時半くらいに帰宅して果物や飲み物を飲んでおなかが落ち着いたら、すぐに寝てしまった。病院の先生はお風呂にもすぐに入っていいし、プールに行っても大丈夫です、なんて言っていたがとてもそんな状況ではなくすっかり注射に体力を吸い取られてしまった。

これでもうフォームを学校に提出できるかと思っていたら、学校指定のフォームに健康診断や予防接種の記録を記入してもらわなければならないことが判明。ジョンソンスクールから夫の書類が届いたら、もう一回病院に行ってフォームの記入を頼んでこなければならなくなった。

  1. 2008/04/22(火) 21:02:52|
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イサカ訪問 その2

4月12日(土)は朝アパートの契約をして、昼食からオープンハウスのイベントに参加。Sage Hall というビジネススクールの建物内にあるホールにて。各テーブルに教授が座っていて、それぞれの学生が興味のある教授のテーブルで昼食を食べるといった形式。私と夫が座ったテーブルは起業を専門とする教授だったが、私には専門的過ぎて内容はよく分からなかった。ビジネススクールの授業を取ってついていけるか少々不安になった。

昼食後はMBAのプログラムについての説明で、本当は夫だけが参加すればよかったのだが一応参考までに私も参加してみた。それは良かったが、昼食を食べた後で心地よい椅子に座っていたので眠くなってしまった。夫の様子を見たらがんばって手で目を開けようとしていた。教授が「寝ている人がいる」と言っているのが聞こえて急に二人とも目が覚めた。そんなことをしながら何とか1時間半が過ぎた。

その後、immersionというビジネススクールのプログラムの説明。これは授業の中で実際に企業から依頼を受けてコンサルティング等をするというもの。内容はConsulting、Investment Bankingその他色々あるが、私は以前からSustainable Global Enterprise(SGE)に興味があり説明会に参加した。他の授業は分からないが、SGEはビジネススクールの学生でなくても取れるため、CIPAの学生でとっている学生がいると知っていたので是非取りたいと思っている授業だった。Base of the Pyramid(BOP)という、企業がこれまでビジネスの顧客とし考えてこなかった低所得層をターゲットにビジネスをしていこうというものや、環境を考慮したビジネス等。これから開発、マイクロファイナンスを勉強していくにあたり、ビジネス側からのアプローチを知りたいので面白そうな授業だった。ただ開発側からとビジネス側からの温度さを感じる場面もあり、もし就職先が“low paying NGO”だったとしてもこの授業で勉強することは有益でしょうと教授が言ったのを聞いてやっぱりビジネス側からはNGOがそう見えてしまうのかと、これが現実とはいえ少々がっかりした部分もあった。

8時からジョンソンスクールの学生宅で夕食があったので、8時少し前に指定された学生の家に行った。これが私の苦手な立食形式の食事だった。このところ何回かレセプションに参加しているが、毎回立食形式で英語もままならないのに初めて会う人との会話に入っていくのはやっぱり慣れない。特に今回、私以外はみんなビジネススクールの学生だったのも大変だった。今回のイサカ滞在の間でこの時が一番疲れたかもしれない。

この日はジョンソンの日本人在校生の家に泊めてもらうことになっており、Sage Hall まで迎えに来てもらいWarrenwood のアパートに向かった。さすがに少し郊外だけあって周辺は静かで、建物同士の間もかなり広かった。部屋の広さも私達が契約したCasa Roma とは違って、だいぶ広かった。リビングは日本の平均的な家の3倍位はあったのではないかと思う。日本茶を入れてくれて広々としたリビングでゆっくりさせていただいた。やっぱり日本茶を飲んで日本語で話したらほっとし、日本っていいなと実感。

13日(土)はお昼のバスに乗ってNYCに帰るだけで予定がなかったので、コーネルの中にあるStatler Hotelでブランチを食べた。ビュッフェ形式で、卵やベーコン、ソーセージといった朝食系のものから前菜系のもの(サラダ等)、魚と肉もあり、フルーツやケーキのデザート類も豊富だった。味もおいしかった。料金は一人18ドルで税金とチップは別。マンハッタンのぼったくりに近いレストランばかりを見てきたので、とても良心的に思えた。

今回のイサカ訪問は、受験が終ったので今までの中でも一番楽しかった。改めて、キャンパスの美しさを実感した。春から夏にかけては最もいい季節ときいているので、これからが楽しみだ。
Sage Hall

Cornell Campus 内

  1. 2008/04/17(木) 18:40:21|
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イサカ訪問(4月11日〜13日) その1

4月11日(金)から13日(日)の3日間、Destination Johnson(オープンハウス)がJohnson Schoolで開催され夫と共に参加した。今回の目的は、ビジネススクールのプログラム概要を聞きMPAの選択科目の参考にすること、I-20を発行してもらうための書類を学校に提出してくること、そしてアパート探しだった。

11日(金)の朝5時半NYC発のバスに乗り、10時過ぎにイサカに到着。町のはずれにあるバスターミナルから歩いてコーネルのキャンパスの西側にあるHill Side Innというホテルまで歩いた。ホテルに荷物を置いた後、I-20 のための書類を提出しにキャンパスに向かう。まずは夫がビジネススクールのアドミッションオフィスで提出し、私の書類を提出しにGraduate Student Service の事務所に向かった。無事に提出し終わった後、Graduate Student ServiceとCIPAの事務所が同じ建物(Caldwell Hall)だったので、アドミッションのスタッフに挨拶しにCIPAの事務所に寄った。ビジネススクールのアドミッションに比べてこちらはだいぶ感じがよく、私が夫と二人でコーネルに来られることになったことを喜んでもらえた。

家探しに関しては、今回で決めてくるつもりだったので、事前に夫がビジネススクールの日本人在校生からもらっていた情報をもとに、各アパートの詳細を一覧表にして物件を2件に絞っておいた。大まかにはイサカ郊外かダウンタウンという選択肢があった。郊外だとキャンパスにはバス(キャンパス内の駐車場は少なく、学生の大部分はバス通学)で20分くらいかかり、バスの本数も1時間に3本位である一方アパートは広く自然環境もよいとう特色がある。ダウンタウンは、キャンパスには近く歩いてもいける(かなり急な上り坂があるので人によっては歩けないと言っている)、イサカコモンズという町の中心部にも近く便利な反面、部屋は郊外のアパートに比べると狭く(日本のアパートと比較すれば狭くはないと思う)家賃も高め。夫と話あった結果、我が家は二人とも学生になるので、キャンパスに近いほうがいいということでダウンタウンのアパートの仲から探すことに決めた。作った一覧表の中からダウンタウンでの物件でCenter Ithacaというイサカコモンズの中心にあるアパートとCasa RomaCollege Park(同じ経営者)というイサカコモンズから歩いて10分弱のアパートを候補にし、事前に予約をした上で4月11日(金)午後に物件を見せてもらった。

最初にCenter Ithacaの2 bedrooms (リビングプラス2部屋)のアパートを2件見せてもらった。Center Ithacaはイサカの繁華街の中心にあるため食べ物には困らないこと、地下にあるジムの料金が家賃に入っている、家賃自体は光熱費やヒーターの料金が入っていないが、交渉して家賃に含めてもらうことが出来た等条件は良かった。最後まで気になったのは、繁華街の中心にあるため、家から見える景色は隣のビルの壁か屋根のみだったこと。次に見たのはCasa Roma とCollege ParkでEast State Street という交通の激しい通りから少し中に入った静かな場所にある。College Park のアパートは1階だったので選択肢からはずれ(安全という意味で1階には住みたくなかった)、Casa Roma で見せてもらったアパートは3階だったこと、設備が新しくきれいだったこと、また家賃に電気代以外(水道、ヒーター、駐車場、ジム)は全て含まれていること、キャンパスまでシャトルバスが朝は20分おきにあること等、条件は良かった。問題は家賃が予算を月額200ドルオーバーすることだった。一晩夫と考えた結果、家賃が少し高くても気に入ったところに住みたいということになり思い切ってCasa Roma に決めた。

契約する際に、保証金や最初の月の家賃を含めて家賃3ヶ月分を支払うように言われたが、支払いは小切手か現金でないとだめだった。小切手帳など普段から持ち歩いていないし、現金もほとんど持ち合わせておらず、慌ててATMで現金をおろし(1日の限度額が300ドルでおろせたのは300ドルだけだった)それと持っていた現金を合わせて何とか1ヶ月分の家賃の半額だけ契約時に払うことが出来た。事情を説明しNYCの自宅に戻ったらすぐに残りの金額は小切手で送ることで何とか契約を終えた。

11日(金)の夜は日本人の在校生の家で夕食をご馳走になった。MBAの2年生が中心に集まり、イサカでの生活に関して教えてもらうことが出来た。日本食もお米や納豆その他基本的なものはIthaca Tofuというお店でそろうことや、何がどこで売っているか等細かい生活情報を得ることが出来た。また、運転免許に関しては日本の免許をそのまま使うことが出来ることが分かった。コーネルの教授で、日本の免許を翻訳してくれてそれがそのまま使えるらしい。色々と教えてもらった上、アメリカに来て以来食べていなかった焼肉をたっぷりとご馳走にになって帰ってきた。


Caldwell Hall

McGraw Tower

  1. 2008/04/14(月) 01:15:40|
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ESLのコース登録

受験が一通り終わると、今度は入ってからのことが心配になってくるものである。入ってから英語力が足りなくて苦労するのは出来るだけ避けたい。そんな気持ちで1月から3月の最初までNew School のESLでライティングのクラスを取っていた。ニューヨークに来てから、大学のESLのコースを取るのは初めてだったが、なかなか勉強になったので3月から5月のコースも取りたいと思っていた。金欠だからと私が授業を取ることを渋る夫を何とか説得し、登録に行くとクラスが満員で取れないと言われてしまった。学生ビザを必要ない人は、優先順位が低いらしい。夏のコース(7月開始)なら5月から登録だから、事務のおばさんに言われたが8月から大学院の授業が始まるのにのんびりと3ヶ月も無駄に出来ないのでとりあえず、他の学校を探した。ニューヨークならいくらでもあるだろうと思っていたが甘かった。春学期の半ばから入れてくれる学校は少なく、最後に見つかったのはBaruch Collegeだった。

3月の末にクラス分けのテストを受け、ライティングとスピーキングのクラスを登録した。これでとりあえず安心と思っていたら、先週の金曜日(4日)夕方に留守電でスピーキングのクラスがキャンセルになったと連絡を受けショックを受ける。別のクラスを登録するか、授業料を返金するとのこと。別のクラスって、クラスによってはもう先週から始まっていたり、月曜(7日)の朝8時半からだったり、別のクラスを登録なんて金曜の夕方に電話してきたって間に合わないのにと半分怒り気味になった。留守電を聞いてからすぐに電話したが、案の定誰も出てこなかった。とりあえず、コーネルでサマースクールに行くるかまだ分からないことを考えると、今回取っておいたほうが言いいと思い今日の朝9時に事務所へ行って別のクラスを登録してきた。結局このコースは先週の火曜から始まっており、すでに先週の火曜と木曜の2回分の授業はもう過ぎてしまっていた。学校の連絡が遅くて登録が遅れたのだから、2回分の授業料を割り引いて欲しいとも思ったが、すでに授業料を15%割引してもらっていた(International Centerという英語学校の会員証で割引がきいた)ので、何も言わずに登録してきた。こんなに切羽詰まってなければ、返金してもらって他の学校に行こうという気が起きたかもしれないが、今はそんなこと言っている場合ではない。今入れる学校があっただけでよかったと思うようにした。

夫にこの話をしたら、「どこの学校、そんなことするなんて全く二流の学校だね。」と辛口のコメント。二人で受験しながら感じたのは、一般的にアメリカの事務手続きがひどいと言っても、一流の学校はしっかりしていて、時限や手続きの緻密さ等は日本とほとんど同じだということ。こんな経験をしながら、自分のやっていることが二流にならないように気をつけようと思った。

  1. 2008/04/07(月) 15:42:30|
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断りの連絡、ビザ取得の準備

先週コーネルに行くことに決めてから、まず他の学校に断りの連絡を入れた。まず、ブラウンスクールのキャンパスビジットで話をした、アドミッションのスタッフに事情を説明するメールを送った。コロンビアのSIPAにもオープンハウスに参加できないこと、他の学校に行くことに決めた旨を説明するメールを送った。受験までに何度も同じスタッフと連絡を取っていた場合にはメールで断るだけでは失礼になるようだが(夫によると、お世話になった場合にはまず電話で他の学校に行くことに決めた旨を説明し、その後手紙を出すのが手順らしい)、私は両校ともキャンパスビジット以外ではほとんど連絡をとっていなかったので、断りのメールを書いた後、オンラインで他の学校に行くと返事をした。

フレッチャーだけは、まだ断っていない。というのは、3月27日にNYCで行われた、レセプションに参加してすぐに他の学校に行くことに決めたという連絡を入れるのはあまりにも常識を疑われるのではないかとの不安からである。今後、どんな形でフレッチャーと関係するか分からないし、あまりにも失礼な形では断りたくないと気持ちがある。またフレッチャーは第一志望の学校だったし、まだ後ろ髪引かれる気持ちがないわけではない。

そんなことをしているうちに、フレッチャー学生から4月1日(火)の夜に質問等あればと言って電話がかかってきた。せっかくだからと、いくつか質問してみた。特に夏のインターンのことに興味があったので、状況はどんな風なのかを聞いたらIt is always hard.と言っていた。その学生は大学から職務経験なしでフレッチャーに来たからとうのもあるのかもしれないが、やはりフレッチャーでもそんなに簡単にはいかないときくと今から心配になってくる。その他ハーバードの授業の様子などもきいたりしてなかなか有意義な話を聞くことができた。とりあえず、5月1日が回答期限なのでもう少ししてから断るつもり。

学校が決まってほっとする間もなく、コーネルにI−20をもらうための書類の提出期限が4月17日と迫ってきている。銀行の残高証明書をまずもらうおうと夫に頼んで、citibankの残高証明書を出してもらった。そこまでは順調だったが、よく見たらその残高証明書が夫の名義になっていた。口座自体は私と夫の共同名義なのだが、残高証明書の口座の名義人が夫と書いてあると、私自身の資金を使うのではなく夫の口座の資金を私が使うという解釈らしい(=夫が私の学費をサポートする)。コーネルにきいたら、スポンサーは学生であってはならないというルールがあり(学生は基本的に収入がないので資金面でのサポートは難しいと言われれば納得できる)、夫はこの秋から学生になるのであれば、夫は私のスポンサーになれないと言われてしまった。それならば、残高証明書を私の名前で出してもらえばいいと言われ、夫に連絡を入れ銀行に手続きをしてもらえるように頼んだ。ところが、出てきた残高証明書は住所がなぜか日本の住所、それも結婚前の住所になっていて今度は住所を変更する必要が出てきた。住所変更に数日かかっていたら残高証明書がでるのは来週の半ば位になってしまうのではとの不安からだんだん焦ってきた。慌てて、パスポートやその他住所を証明できる書類をそろえて、夫と一緒に銀行に行った。営業時間は4時までだったが4時20分頃に銀行に到着し、当然入り口は閉まっており夫が何回電話しても担当者にはつながらなかった。アメリカ人の受付は窓ガラス越しに見えるが、時間外なので全くの知らん顔をしている。裏口の窓ガラスのドア越しにしばらく夫と二人で窓ガラスを覗き込んでいたら、運よくお客さんを出口まで送りに来た案内係の人が日本人でアポ無しだけど、残高証明書のことで来たと説明し、半分強引に担当者に会わせてもらう。銀行担当者は最初かなりいやそうな顔をしていたが、夫がうまくおだてて最後は住所変更のための確認書類もろくろく見ずに、難なく住所変更が完了。その場で私の名前で残高証明書を発行してもらえた。

留学する際にはI−20を取得するために、銀行の残高証明書が必要になるがその残高は夫婦で留学する場合、それぞれ自分の名義の口座の証明書を取れるようにしておくとスムーズだと感じた。またこの資金が二人の留学費用として重複しているとだめなので、私の場合はコーネルの担当者が夫は会社からのサポートがあることを調べるということだった。念のため、書類を提出するときに夫の会社が留学中の費用を負担する旨書いた証明書のコピーをつけるつもりでいる(アメリカの事務手続きはかなりずさんで信用できないので、何か言われたときに備えて)。

正直なところ、残高証明書をもらってほっとしている。と言うのは学生ビザが取れないとせっかく苦労して合格したのに全てが無駄になってしまうからである。またこのところお金がぎりぎりで、学校から必要経費として計算された2年分の費用を口座に残しておくのは結構大変になってきている。この時期はオープンハウスだの、入学を決めた際に払う保証金(ちなみにCIPAは保証金を払う必要がないが、夫はコーネルを含めて2校に払った)だのと出費が多い。家計がかなり自転車操業に近い状態になっている。夫の費用は会社が負担するといっても最初は立替なければいけないし。ひとつだけラッキーだったのは、3月に急に円高になった時にドルの口座に送金できたことだろう。

  1. 2008/04/04(金) 17:45:28|
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